わたしが大切にしていること
CrossTalk
女性の健康総合センター センター長
女性総合診療センター 女性外科/婦人科
女性の健康総合センター
オープンイノベーションセンター準備室 室長
国立成育医療研究センター研究所 ダイバーシティ研究室 室長
Cross Talk .02 |
(前編)
声を届け、声が届く場所から、
多様性は育つ
働く女性は、妊娠・出産、子育てといったライフステージごとに課題を抱えながらキャリアを歩み、またホルモンの変化といった特有の課題に直面することも多くあります。それらは、多様性として丁寧に向き合うべきテーマです。今回は、女性の健康とキャリア支援に長く携わる小宮ひろみ先生と、成育でダイバーシティ推進を担う松原圭子先生のお二人に、働き続けるためのヒントやこれからの組織に必要な視点についてお話しいただきました。
女性の健康総合センター センター長
女性総合診療センター 女性外科/婦人科
女性の健康総合センター
オープンイノベーションセンター準備室 室長
国立成育医療研究センター研究所 ダイバーシティ研究室 室長
働く女性は、妊娠・出産、子育てといったライフステージごとに課題を抱えながらキャリアを歩み、またホルモンの変化といった特有の課題に直面することも多くあります。それらは、多様性として丁寧に向き合うべきテーマです。今回は、女性の健康とキャリア支援に長く携わる小宮ひろみ先生と、成育でダイバーシティ推進を担う松原圭子先生のお二人に、働き続けるためのヒントやこれからの組織に必要な視点についてお話しいただきました。
妊娠・出産で閉ざされたキャリア。
そこから始まった支援への道
小宮 先生
そうですね。その後、産婦人科で臨床を続けていたとき、研究を指導してくださる先生との出会いがあり、再び研究に向き合う道が開けました。その先生の勧めで、当時小学校4年生だった子どもを連れて、アメリカへ留学することを決断しました。
アメリカでは、「自分から動かなければ何も始まらない」「言葉にして伝えなければ相手に伝わらない」ということを痛感しました。留学で、テキパキと働く姿勢を身につけ、自信を取り戻せたことも、人生の大きな転機になったと感じています。あの経験がなければ、今の私はなかったと感じています。
松原先生
結婚や出産を理由にキャリアを閉ざされることは、今ではほとんど見られなくなりました。そうした発言自体がハラスメントとして受け止められる時代になっています。こうした変化を踏まえると、女性の働き方は以前とは変わってきていると感じられますか。
小宮 先生
私が大学院で厳しい言葉をかけられた時代に比べると、状況は大きく変わりました。ただ、それで十分とはいえず、まだ課題は残っていると感じています。
良い方向に変わったと実感するのは、あの頃のような発言を耳にしなくなったこと。そうした意味でも、時代は確実に前へ進んでいると思います。
松原先生
「まだ十分ではない」と思われるのは、どのあたりでしょうか。たとえば、「この支援があったら、もう少しうまくいったのに」と思われることはありますか。
小宮 先生
アメリカから帰国後、福島県立医科大学に在籍しました。そのとき強く思ったのは、「若い先生たちに自分と同じ思いをさせてはいけない」ということでした。
そこでまず取り組んだのが、環境の整備です。女性医師支援から始まり、男女共同参画、そしてダイバーシティへと取り組みを広げていきました。病児・病後児保育所の設置に携わり、研究支援制度の導入など、少しずつ環境を整えていったのです。
こうした制度や環境があれば、私自身、もう少し無理なく働けたのではないかと思います。だからこそ、まず環境を整えることが何より大切だと感じました。
支援はあるだけでは意味がない。
「助けて」といえることが、働き続ける力になる
松原先生
ダイバーシティに関わる仕事をしていると、特に40代で子どもを持つ女性からの相談が少なくありません。結婚したばかりの方や出産直後の方であれば、産前・産後休暇や育児休暇などの制度である程度、支援が行き届きます。ところが、子どもが中学生くらいになると、まだ手がかかる時期にもかかわらず、「うまく働けない」と悩む方が多くいらっしゃいます。そうした時期をどのように乗り越えたらよいのでしょうか。
小宮 先生
たとえば、支援体制や利用できるリソースを上手く活用してほしいです。支援は「あるだけ」では十分といえず、上手に使いこなしてこそ意味があります。子育ても同じで、制度や支援を自分の状況に合わせて生かすことが重要だと思います。
松原先生
支援を受ける側が、ただ支援を「待つ」のではなく、自ら声を上げて「助けてください」と伝えることが大切だということですね。
小宮 先生
そのとおりです。「助けて」と言うこと、そして自分でも必要な支援を探すこと。この2つが大切です。たとえ最初は支援や環境が整っていても、長い人生の中では、時間とともに周囲の関心が薄れ、助けが届きにくくなることもあります。けれど、誰も何も言わなければ、周りは気づけませんし、目を向けることもできません。
「あの人、困っているのだな」「本当はもっと働きたいけれど、環境が整っていないのだな」と分かれば、誰かが「こんな支援がありますよ」と教えてくれるかもしれません。だから、困っていることを一人で抱え込まずに、もっと声に出して伝えてほしいと思います。「困っています」と言葉にすること。それが大切だと感じています。
思いをもち続けること。
「やめない」「離れない」がキャリアをつなぐ
松原先生
ただ、なかなか声には出しづらく、自分が進みたい方向へ向かうためのサポートである制度や支援も活用できていないこともあると思います。「声を上げるマインド」は、どう作れるのでしょうか。
小宮 先生
やはり、「思い」だと思います。そして「必死さ」。私の中にはずっと、「女性医療や女性医師のキャリア継続支援に取り組みたい」という気持ちがありました。紆余曲折はありましたが、やりたいことは常に一つにつながっていたように思います。
大切なのは、「キャリアを中断しない」という考え方だと思います。つまり、継続していくこと。それが一番重要です。
そのためには、まず働き続けられる環境がきちんと整っていること。制度やサポートは少しずつ整ってきてはいますが、それを上手に活用していくことが欠かせません。
そしてもう一つは、「キャリアを続けたい」という気持ちをもち続けること。この二つがそろってこそ、女性が安心して働き続けられる社会が実現すると思います。
だからこそ、「これをやりたい」と思うことがあるなら、そのためにどうすればいいかを考え続けることが大事です。もちろん、思い続けていても大変なことはありますし、なかなか思うように進まないこともありますけれど。
松原先生
心が折れそうになることもありますよね。
小宮 先生
ありますね。でも、思い続けて歩みを止めなければ、最終的には少しずつでも自分の理想に近づいていける気がします。私の場合ですが、今のように女性医療やキャリア支援に携われるポジションをいただけたことは、できすぎているくらいかもしれません。
けれど、私にとって大切なのはポジションそのものではなく、「やりたかったことを実現できている」という実感です。キャリアの後半になってようやく、自分の職業に対する意識をしっかりもてるようになりました。もちろん、十分にできなかったことも多く、人より遅れていると感じる場面もありました。それでも、「思い」と「熱意」をもって続けてきたことで、少しずつ道が開けてきたのだと思います。
松原先生はいかがですか。
松原先生
私は「患者さん」です。研究の道に進もうと思ったきっかけは、ダウン症のお子さんを出産されたお母さんから、「私のせいですか?」と尋ねられたことです。
女性が妊娠する年齢が高くなるほど、染色体に関わる病気のリスクが少しずつ上昇することは知られています。でも、その科学的な事実をそのまま伝えることは、今目の前にいるお母さんの思いに寄り添えるのか。研修医2年目だった私は、その問いに対する答えを持っていないことに気付きました。
そこから、女性が子どもを産み育てるということを、科学的な視点からきちんと理解したいと思い、研究の道に進みました。うまくいかないことも数多くありましたが、あのときのお母さんの表情や、うまくお母さんの不安に寄り添えなかった自分への悔しさが、今も自分を支え続けています。
小宮 先生
とても深いお話ですね。
松原先生
私は小宮先生とは逆で、キャリアの途中で子どもを持つという決断ができませんでした。キャリアが止まってしまうと思ってしまったのです。そのまま子どもを持たずに今に至り、おそらくこれからもこの道を歩んでいきます。
だからこそ、子どもを持つ決断をして、子育てをしながら働き続ける方々を、心から尊敬しています。そうした全ての人をサポートしたい。健康で、幸せでいてほしい。
しんどいときには、いつも原点に立ち戻ります。あのお母さんの「私のせいですか」という言葉。そして、子どもを持つ決断ができなかった自分にできること。その二つが、私を動かし続けている理由です。
小宮 先生
そうですね。「思いを持ち続ける」「やめない」「離れない」ということが大事だと思います。もちろん、短い期間のお休みはまったく問題ありません。育児休暇などでいったん仕事を離れるのは自然なことです。でも、その後に「戻ってくる」こと。一人で抱え込まずに、制度でも人でも、使えるものはどんどん活用し支え合いながらキャリアを形成していくことが一番大切なんだと感じています。
女性の健康総合センター センター長
女性総合診療センター 女性外科/婦人科
山形大学医学部卒業、医学博士。
産婦人科医としての研修を経て、米国ベイラー医科大学にて研究に従事。2001年より福島県立医科大学で女性医療と女性医師支援に携わり、性差医療センター教授、男女共同参画推進本部副本部長など要職を歴任。
制度整備と環境づくりに力を尽くす。2024年10月に国立成育医療研究センターに新たに開設された女性の健康総合センターのセンター長を務める。
女性の健康総合センター
オープンイノベーションセンター準備室 室長
国立成育医療研究センター研究所 ダイバーシティ研究室 室長
浜松医科大学卒業、医師・医学博士。
小児内分泌疾患やインプリンティング疾患、臨床遺伝学の研究に携わり、分子内分泌学とデータサイエンスを基盤に、遺伝性疾患の解析や小児の発達医療・療育に関する研究を進めている。
国立成育医療研究センター分子内分泌研究部で研究員、上級研究員を経て、2023年より国立成育医療研究センター研究所ダイバーシティ研究室室長。

松原先生
小宮先生ご自身、大学時代に子育てと仕事の両立で悩まれたと伺いました。具体的には、どのようなご苦労があったのですか。
小宮 先生
医学部時代はテニスに励むなど、学生生活を存分に楽しんでいました。当時は将来のライフプランやキャリアパスについて深く考えることもなく、女性医療や研究に興味があったため、自然な流れで大学院に進みました。
ところが、ちょうどその頃に結婚と妊娠が重なり、出産後に復帰の相談をした際には「今の状況では難しい」と告げられました。復帰が叶わず、妊娠・出産によってキャリアが閉ざされてしまうのかと、非常に大きなショックを受けました。
その結果、大学院を辞めて産婦人科に入局し、臨床のトレーニングを続けたものの、仕事も家庭も中途半端になっている気がして、何年も悩み続けました。当時は女性医師が少なく、ロールモデルがいない時代。それでも「辞める」という選択肢は持たず、「続けよう」と決めて踏ん張っていました。
松原先生
今では考えられないですね。